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釧路地方裁判所 平成10年(行ウ)22号 判決

原告

三田一良(X)

被告

北海道知事(Y) 堀達也

右指定代理人

佐久間健吉

藤田武治

里見博之

荒木喜雄

石井宗郎

保田正明

大杉定通

竹内正樹

齊藤和利

山田英昭

村上秀樹

松本智典

島崎昭

市澤泰治

永田英美

主文

一  本件訴えを却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第三 当裁判所の本案前の争点に対する判断

一  原告は、前記第一のとおり、本件土地について、被告が「昭和二八年四月に行った引渡処分」の無効確認を求めているが、右引渡処分に対応する具体的行為の内容は、前記第二の一2記載の支庁長と亡良吉との間における本件土地についての本件引渡書の作成であると思料されるから、具体的には本件引渡書の作成行為についての無効確認を求めているものと解することになる。

しかしながら、行政処分の無効確認訴訟の対象となる行政行為は、行政庁の法令に基づく行為のすべてを対象とするものではなく、「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」(行政事件訴訟法三条参照)でなければならない。具体的には、公権力の主体である国又は公共団体が、法令が認めた私人に対する優越的な地位に基づいて当該法令の執行として行う権力的な意思活動であって、しかも、直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定する法的効果が認められている行為がこれにあたるものと解するべきである。

二  そこで、まず、本件引渡書の作成を内容とする本件引渡行為が、行政事件訴訟法上、無効確認訴訟の対象となる行政行為に当たるか否かを検討する前提として、右引渡行為がいかなる手続ないし経過によりされたかを見るに、当事者間に争いのない事実並びに証拠及び弁論の全趣旨によれば、右引渡行為がされるに至るまでの経過は、次のとおりであると認められる(なお、証拠等は、各項末尾かっこ内に適宜掲記する。)。

1  被告(当時は北海道庁長官)は、保護法一〇条に基づく北海道庁令第二一号により、大正一三年二月二一日、北海道厚岸郡厚岸町内のアイヌ民族の共有に係る本件土地をアイヌ共有財産に指定して、本件土地の収益金を右民族の生活救護に充てるために被告において管理することを決定し、右管理指定後、本件土地を第三者に賃貸して、その収益金を同民族の救済保護費に充当してきた。なお、被告は、昭和二三年九月一三日付け北海道規則第八〇号支庁長事務委任規則に基づき、アイヌ共有財産のうち不動産の管理に関する事務を支庁長に委任した。(争いのない事実、〔証拠略〕)

2  支庁長は、昭和二五年制定の地方税法の改革に伴い、従前は固定資産税が免じられていた本件土地が同税の課税対象とされ、しかも右収益金によっては完納できない税額が賦課される事態が生じたことから、善後策を協議するべく、当時の厚岸町内のアイヌ民族代表者であった亡良吉及び本件土地の借用関係者に対し、昭和二六年一一月三日午前一〇時に厚岸町役場に集合するように案内した。また、厚岸町長に対し、本件土地に関する固定資産税の未納分の関係者別仕訳を、厚岸漁業協同組合長に対しては、本件土地の近隣地における賃貸料及び売買価額の相場の調査をそれぞれ依頼する旨を内部決定した。(〔証拠略〕)

3  支庁長は、本件土地の処分を行い、その収益金をもって税金、家畜・農機具等の農業経営資産の購入に支弁することを希望する旨の亡良吉ほか一九名の本件土地の共有者からの陳情書及び本件土地の分譲ないし開放を希望する旨の借地人による陳情書の各提出を承けて、北海道民生部長(以下「民生部長」という。)に対し、昭和二六年一二月一四日付け文書をもって、本件土地の固定資産税額が多額にのぼり本件土地の収益金によっては完納できなくなるなどした厚岸町内のアイヌ民族が置かれた窮状や、本件土地のうち海産干場が潮流風雨等の自然活動作用により海中に没し、あるいは当初の測量面積より欠域していること等を踏まえて、本件土地の管理を解除し、亡良吉らの共有者自身に管理又は処分させることを妥当とする上申を行った。(〔証拠略〕)

4  支庁長は、民生部長からの、昭和二七年一月三一日付け文書で、本件土地の処分については慎重を期し、釧路支庁、厚岸町及び本件土地の共有権者中の厚岸町在住者の代表者を構成員とする厚岸町旧土人共有財産処理委員会(仮称)の設置や、本件土地の将来の分割・処分方法等の具体的な処理案の作成・提出を求める旨の指示を受けた。そこで、支庁長は、民生部長に対し、同年二月一四日付け文書をもって、厚岸町内のアイヌ民族の総意が、本件土地を管理解除後に一括して現在の借地人に売却し、その収益金をもって農業経営に専心することにあるため、厚岸町旧土人共有財産処理審議会(以下「審議会」という。)を設けて適切な管理又は妥当な処分を図る旨の回答を行うとともに、同年五月二六日付け文書をもって、本件土地の管理解除についての早急な善処方を要請した。(〔証拠略〕)

5  被告は、右の経過を承けて、昭和二七年九月一三日付け北海道規則第一七四号をもって本件廃止決定を行い、同日、同決定の告示を行うとともに、民生部長から支庁長に対しても、本件共有財産につき本件廃止決定がされたことを了知し、財産の処分については審議会を適正に運用するべく通知した。(〔証拠略〕)

6  支庁長は、亡良吉に対し、昭和二七年九月八日付け文書をもって、本件土地について本件廃止決定がされた旨を知らせ、併せて、本件土地の処理方法を審議会に付するため、近日中に、全会員を招集することを求める旨の通知を行い、審議会を同年一〇月一二日及び同年一二月一〇日の二回開催したほか、同年一〇月二四日発送の文書をもって参集させた本件土地の借地人との間でも打合せを行った。また、民生部長に対し、同月二三日付け文書をもって、本件土地の実測のための予算措置の上申を行った上、同年一二月一日、加藤光雄らをして本件土地の実測を行わせた。なお、右実測の結果によれば、小島干場は波浪により皆無、同目録記載一七ないし二四の各土地は測点不明につき実測未了となっている。(〔証拠略〕)

7  支庁長は、昭和二八年四月一四日、本件土地の共有者の代表者である亡良吉との間で本件引渡書を作成した。(争いのない事実)

三  以上の認定事実に加え、保護法、北海道旧土人共有財産管理規程(昭和九年一一月一四日・北海道庁令第九四号)及び北海道旧土人共有財産土地貸付規程(昭和九年一一月一日・北海道庁令第八五号)の各規定によれば、本件土地については、保護法一〇条所定のアイヌ共有財産の指定を北海道庁令第二一号により受けたことにより、被告の管理下に移行し、その上で被告から第三者に賃貸されることになり、亡良吉らの共有者は自らにおいて使用収益の管理等をなし得ないなどの制限に服することになっていたところ、被告による本件廃止決定により、被告の右管理権限が失われるとともに、本件土地に対する右規制が解かれ、右共有者らは、本件土地の共有権についてアイヌ共有財産の指定を受ける以前と同様の権利内容を回復したのであって、本件引渡書の作成により右権利内容の回復が生じたものではないと解するのが相当である。すなわち、右共有者らの本件土地に関する権利義務の内容は、本件廃止決定により直接の影響を受けたのであって、本件引渡書の作成によってはじめて変更を受けたものとはいえない。原告は、本件廃止決定だけでは、その対象となる土地の位置や地積が不明確であり、右決定後に開催された審議会での審議や、土地の実測等を通じて本件引渡書が作成されることによって、はじめてこの点が明確にされたのであるから、本件引渡書の作成は本件廃止決定と相俟って、行政処分性が認められるべきである旨を主張するが、本件引渡書の作成については、法令又は規則によって行政庁である被告の具体的な意思発動の要件が定められておらず、このような法令等に根拠を有しない本件引渡書の作成がされたことによって、本件土地に関する共有者らの所有権ないし共有持分権の範囲・内容が、本件引渡書の記載内容に相応するように具体的に確定あるいは制限されたものと認めることはできないから、原告の右主張は失当である。そうすると、本件引渡書の作成を内容とする本件引渡行為は、それによっては国民の権利義務に具体的な影響を生じさせるものではないから、本件引渡行為の処分性を認めることはできないと解すべきである。もっとも、当該行為が国民の法律上の地位に具体的な影響を及ぼすものとはいえない場合であっても、法令の規定のしかた等から、立法政策上、当該行為に処分性を付与したものと解釈できるとして処分性を肯定しうる場合もあると解されるが、法令に根拠を有しない本件引渡書の作成ないし本件引渡行為については、これを行政処分とした上で不服申立てを許容する法令上の根拠規定を見い出せないから、この意味での処分性を肯定することもできない。

したがって、被告の機関委任に基づき支庁長と亡良吉との間で取り交わされた本件引渡書の作成行為ないしこれを内容とする本件引渡行為に処分性を認めることはできないというべきである。なお、原告は、第二の二3記載のとおり、本件引渡行為に瑕疵がある旨を指摘するが、右主張はいずれも本件引渡行為の処分性を基礎付けるものとはいえない。

四  以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告の本件訴えは不適法なものであるといわざるを得ない。

第四 結論

よって、本件訴えは不適法であるから、これを却下することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 阿部正幸 裁判官 佐々木宗啓 岡山忠広)

【別紙 物件目録】 略

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